研究内容

当研究室では、電子顕微鏡を含む形態学的解析と分子生物学的手法を組み合わせ、様々な研究を行っています。ここでは、それらの研究テーマの中の主要な3つである「嗅覚系を中心とした脳神経回路の解析」、「精巣ライディッヒ細胞の分化メカニズム解明」、「脳神経回路の発生を制御する細胞間相互作用」を紹介します。

嗅覚系を中心とした脳神経回路の解析 (樋田・野津・堀江・佐藤・清蔭)

化学的に同定されたニューロンによる嗅球シナプス回路

図1.嗅覚系の一次中枢である嗅球の神経回路。嗅神経(一次ニューロン)は嗅球に入り、その表層を構成する糸球体内(水色円)で終末する。その終末の先は投射ニューロン(二次ニューロン)である僧房/房飾細胞で、これにより嗅覚情報は高次脳中枢へと伝わる。その際、糸球体層では傍糸球体細胞が、僧房細胞層および顆粒細胞層では顆粒細胞が多様な様式でシナプス結合し、嗅覚情報の伝達調整を行っている。傍糸球体細胞は、含有する化学的神経活性物質により様々な細胞群が存在する。THニューロンは嗅神経から直接的なシナプスを受け、僧房/房飾細胞へと対称性シナプスをつくる。また、僧房/房飾細胞の樹状突起から非対称性シナプスを受けたTHニューロンは、異なる僧房/房飾細胞の樹状突起へ対称性シナプスをつくる。THニューロンは、僧房/房飾細胞とは相反性シナプスをつくらず、連続性シナプスを形成する。これに対しCBニューロンは、嗅神経から直接的なシナプスを受けず、僧房/房飾細胞の樹状突起との間に相反性シナプスを形成する。このことは、化学的性質の異なるニューロン群は、異なる神経回路内のシナプス結合を形成し、THニューロンは匂い識別に、CBニューロンは匂い感度に関わる可能性が形態学的所見から示唆される。

アセチルコリンニューロンによる嗅球シナプス回路

図2.遠心性入力による嗅球神経回路の調節。嗅球神経回路の調節系として他の脳領域から投射してくるニューロン系(遠心性入力)によっても調節される。遠心性入力のうち代表的なものとして、縫線核からのセロトニンニューロン、ブローカ対角帯水平脚からのアセチルコリンニューロン、青斑核からのノルアドレナリンニューロンが知られている。図2はアセチルコリンニューロンの嗅球への入力パターンを示す。アセチルコリンニューロン線維(軸索)の密度は、糸球体層と内網状層で特に高く、それらの層を構成する傍糸球体細胞や介在ニューロンとシナプス結合し、嗅覚伝達の調整を行っていることが示唆される。

精巣ライディッヒ細胞の分化メカニズム解明 (嶋・小野)

図-3:Ad4BP/SF-1遺伝子の胎仔ライディッヒ細胞エンハンサー

図3.核内受容体型の転写因子NR5A1(Ad4BP/SF-1)は、ステロイドホルモン産生組織を含む生殖に関わる組織に発現しており、各組織における発現は発現制御領域(エンハンサー)によって制御されている。遺伝子上流の胎仔ライディッヒ細胞エンハンサー(Fetal Leydig enhancer, FLE)をゲノム編集により欠損させたところ、HSD3B1(3β-hydroxysteroid dehydrogenase type1, 男性ホルモン合成に必須の酵素)陽性の胎仔ライディッヒ細胞が完全に消失したが、一方でセルトリ細胞や精子細胞は存在していた。このマウスは、胎仔ライディッヒ細胞の機能を解析する上で新たなツールとなる可能性がある。

図-4:哺乳類における胎仔ライディッヒ細胞と成獣ライディッヒ細胞

図4.新生仔精巣の間質未分化細胞(赤色)と精細管周囲筋様細胞/血管周皮細胞(黄色)の遺伝子発現プロファイルを、胎仔精巣の単一細胞トランスクリプトームと比較した結果、どちらもライディッヒ細胞の前駆細胞として機能する可能性が示唆された。これらの結果と細胞系譜追跡実験の結果を考え合わせ、胎仔ライディッヒ細胞の脱分化・再分化によって成獣ライディッヒ細胞が生じるという独自の仮説を提唱した。

脳神経回路の発生を制御する細胞間相互作用 (林)

図-5:プロトカドヘリン17による軸索伸長の制御

図5.プロトカドヘリン17(Pcdh17)による軸索の集団伸長の制御機構。脊椎動物の発生期の脳では、細胞間接着分子プロトカドヘリンが発現しており、神経前駆細胞の維持や神経突起の伸長、シナプスの形成に関与するが、その制御機構の多くは解明されていない。Pcdh17は、偏桃体から伸長する軸索どうしの接触境界に濃縮し、WAVE複合体(含Abi-1)やEna/VASPという細胞遊走に必要なアクチン重合制御因子を誘導することが分かった(上段、蛍光画像)。Pcdh17野生型マウスの軸索どうしは接触しても伸長を続けるのに対し、Pcdh17を欠損した軸索は接触すると運動を停止した(下段、模式図)。Pcdh17を発現する軸索どうしでは、細胞運動の接触阻害(contact inhibition of locomotion)が解除され、軸索の運動性が維持されることによって集団伸長が可能になるというモデルが考えられる。

図-6:大脳皮質5層から視床への当社経路のシナプス終末

図6.大脳皮質5層軸索から視床に投射する軸索(左)を標識したマウスで、シナプス終末を蛍光顕微鏡(中央)と電子顕微鏡(右)で観察した。抹消からの感覚入力は、視床を経由して大脳皮質の一次感覚野に達し、さらに連合野に送られて他の情報と統合される。一次視床核は抹消と大脳皮質を中継するが、二次視床核は抹消からの入力を受けずに主に大脳皮質からの入力を受けて、再び大脳皮質へ投射する。最近の研究により、大脳皮質の領野間の情報伝達には、各領野と二次視床核との間の双方向の連絡(入出力)が必要であることが明らかになりつつある。私たちは、大脳皮質から二次視床核への出力回路に注目し、その出力を担う大脳皮質5層からの投射軸索がつくる特徴的なシナプス終末の発生(形態形成)制御を明らかにしようとしている。特に、シナプス前終末と後終末の間の小胞放出や細胞間接着による相互作用が終末の形成制御と機能発現において果たす役割に注目して研究を進めている。