初代教授には,岡山大学医学部を御卒業の後,同大衛生学教室で,助教授までお務めの後,ニューヨーク大学医学部産業医学研究所,帰国後には,岡山大学衛生学教室をはさんで,放射線医学総合研究所障害臨床研究部臨床第三研究室長をなさっておられました望月義夫先生がご赴任になられました。また,1975年度には,中村文雄先生が助教授として川崎病院から来られました。残念ながら,諸事情により中村先生は僅か一年ばかりのご在籍でしたが,その後,1983年度からは,植木絢子先生が助教授で来られました。
望月先生は,1989年まで教授としてご活躍になられましたが,その間も,川崎医科大学副学長,川崎医科大学医療短期大学学長を兼任され,1989年度は川崎医科大学学長とも兼任されるというご多忙な状況でございました。望月先生は,1990年からは学長職に専念なさいました後,再び,短大学長もお勤めになっていらっしゃいます。
1990年度からは,植木絢子先生が2代目教授としてご昇任されました。植木教授は,2001年度まで教室の発展,今も教室の大きな研究テーマであります「環境中物質による自己寛容破綻の解析」という課題の検討にご尽力された後,2003年度からは,川崎医科大学医療福祉大学医療福祉環境デザイン学科教授として,現在も,教育と研究にご活躍です。
なお,2003年度からは,大槻が3代目教授として,昇任させていただいて,微力ながら,栄光を汚さないように,努力しているところであります。
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