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連休の最終日、祇園祭の宵山をのぞいてきました。連休の最終日(月曜日)であるからか、例年よりも人出が少なかったような。
地元の人たちにとって祇園祭は、生活の一部というか、季節とともにやってくるものです。食事の後に、「宵々々山やったらすいてるやろし、いこか」いう感じですね。そういう感覚は、むしろ鉾町の人ではない、僕たちの様な直接祇園祭には関わらない殆ど多くの京都人が抱く感覚かもしれません。燕が春の到来を知らせるように、祇園祭も又梅雨の終わりを告げるのです。「祇園さんが過ぎたら、もう梅雨もおわり。いよいよ夏やな」という言い回しが、それを物語っています。
コンコンチキチン コンチキチン
祇園祭には、やっぱり浴衣姿のそぞろ歩きが似合いますね。団扇や扇子片手に、というのがホント絵になります。今では、良くある広告用のプラスチックの団扇を街頭で配っていますが、僕が子どものころは地元の銀行が竹を骨にした団扇を毎年夏には配っていました。祇園祭の絵が描かれた団扇でした。同じ団扇でも、浴衣姿が似合うように、そのような団扇を是非又配って頂きたいものです。
下は日暮れ後の長刀鉾です。山鉾巡行の先頭を切る第一の鉾です。テントに長の字がが見えます。提灯の優しい灯りに浮かび上がる鉾に目をやりながら、聞こえてくる祇園囃子に耳を傾ける時間というのは、ある意味では祇園祭の中で一番贅沢な時間なのかもしれません。総合芸術としての祇園祭の奥深さを感じられる一瞬なのでしょう。
皆様、是非、祇園祭のそぞろ歩きをどうぞ。宵々々山あたりがすいていていいと思いますよ。勿論、来年の話になりますが。了
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