Wntファミリーと形態形成

 

濃野 勉 (川崎医科大学 分子生物学)


 現代医療,原稿より

はじめに

胚発生に伴う形態形成では分泌性シグナル分子を介した相互作用が細胞間のコミュニケーションの1つの方法として使われている。この細胞間シグナル分子の1つであるWntファミリーには17種以上のメンバーが知られている。線虫,昆虫からマウス,ヒトに至るまでの動物においてWnt遺伝子群は発生のさまざまな局面で時間的,位置的に特異的な発現を示し,形態形成の誘導因子,細胞の極性決定因子,増殖分化の調節因子として機能している。

Wntにより惹起される細胞内シグナル伝達のネットワークには,形態形成だけでなく細胞増殖,形質転換(癌化)に関連する多くの因子が関与している。その1つAPCは家族性大腸腺腫症の原因となる癌抑制遺伝子として有名である。HMGボックスでDNAと結合するLef1/Tcfファミリーに対して転写活性化の機能を付与するβ-cateninは,その細胞内レベルがGSK-3βによるリン酸化で負に制御され,APC,Axinなどはこのリン酸化の過程に関与している(図1)。β-catenin/armadilloによる標的遺伝子の転写調節にはさらに複数の因子が関係し,正負の制御が行われている。さらにWntのシグナル伝達系にはβ-cateninを介する経路,Gタンパク質やprotein kinase Cを介する経路,Rho/RacとMAP kinase経路などが知られ,複雑なネットワークを構成している(図2)。ここでは細胞内シグナル伝達についての解説は省略するが,詳しくは他の総説や1〜3),Nusseの研究室のホームページ(http://www.stanford.edu/~rnusse/wntwindow.html)を参照下さい。

 

細胞間のWntシグナリング 1.Wnt遺伝子群

Wntという名称は,ショウジョウバエのセグメントポラリティ遺伝子の1つwinglessと,マウス乳癌で同定された遺伝子int-1とに由来する。NusseとVarmusはマウス乳癌ウイルス(MMTV)が染色体に組み込まれることによって活性化されるプロトオンコジーンとしてint-1を発見した4)。一方,ショウジョウバエでは初期発生における分節化や翅の形態形成に異常が見られるwinglessと呼ばれる突然変異が知られていた。Rijsewijkらがショウジョウバエでint-1と類似の遺伝子を同定したところ,それがwinglessであることが判明した5)。さらにint-1がマウス胚の中枢神経系で特定の領域に限局して発現すること,int-1の異所的発現によりツメガエル胚に新たな体軸が誘導されることなどが示され,winglessint-1は昆虫のみならず脊椎動物の発生過程においても重要な働きをしていることが分かった。以来,winglessint-1に類似の遺伝子をあわせてWntと総称されている。

2.Wntタンパク質の性質

Wntタンパク質はアミノ末端にシグナル配列を持ち,合成されたペプチドが糖鎖の付加を受けたのち細胞外へ分泌される。350〜400個のアミノ酸からなり,23〜24個のシステイン残基が分子内の共通した位置に保存されている。Wntタンパク質は細胞外マトリックスに結合する傾向が強く,そのため単純な拡散で標的細胞へ伝えられる可能性は低い。このような性質のため,最近になるまで活性型タンパク質として単離,精製することが困難であり,その性状については長い間不明であった。一方で線虫の細胞極性の決定や中胚葉と内胚葉の分化,ショウジョウバエの体節,翅,複眼のパターン形成などにおいてwingless/Wntが用量依存性の効果を示し(図3),結合タンパク質,レセプター,または細胞外マトリックスを構成するプロテオグリカンなどを介して,細胞の片側から反対側へ輸送される可能性が示唆されている。あるいは,特殊な小胞体にトラップされて能動的に細胞内を移動し,細胞の反対側で再度放出されるというトランスサイトーシスの様式でシグナルが伝搬してゆくのかもしれない6)

一方,Wntタンパク質のC末端側にあるCysに富む領域はphospholipase A2の脂質結合ドメインと有意な類似性があり,Wntが膜脂質に直接結合する可能性が示唆されている。しかし,phospholipase A2ファミリーとWntとの間に高次構造上の類似性は確認されておらず,Wntの脂質結合については否定的な見解もある7)

3.Wntレセプター

線虫の前後軸極性決定にかかわる遺伝子lin-44Wntファミリーの分子をコードし,類似の形質を示すlin-17についての研究から,これがWntのレセプターとして機能することが示された。一方,ショウジョウバエの翅の剛毛や個眼の向きが乱れる突然変異にfrizzledがあり,この下流にはdishevelledがある。dishevelledwinglessの下流でシグナル伝達に関与していることから,膜タンパク質をコードするfrizzledWntのレセプターと考えられた。現在,これらの脊椎動物のホモログとして10種類のメンバーが同定されている。それらはいずれも7回膜貫通型の蛇型レセプターであり,細胞外に位置するN末端側にはCysに富むドメイン(CRD)がある。個々のWntfrizzledの対応関係についてはまだ断片的にしか分かっていない。ショウジョウバエではそれぞれ4種類のWntfrizzledが同定されているが,その中のfrizzledfrizzled-2winglessに対する結合親和性が約1桁異なる程度である。

4.Wnt結合タンパク質の役割

frizzledに類似のCRDを持ち,膜貫通ドメインのない分泌タンパク質にsFrpがあり,その1つsFrp-3Frzb-1)はWnt-8Wnt-1によるツメガエルの二次軸誘導を阻害する。sFrpファミリーはマウス,ヒトで5種類が同定されており,これらはそれぞれ領域,細胞特異的に発現し,個々のWntに対する阻害効果にも選択性があるようで,例えばsFrp-3は軟骨分化に,sFrp-2は筋分化に関係する可能性が示されている。Colipaseに類似のドメインを持つWnt活性抑制因子のDickkopfファミリーについても同様であり,それぞれのメンバーによって発現する細胞が異なっている。これら以外にも,BMPやnodalと結合し,その活性を阻害するCerberus,EGFリピートを持つWIFなどもWntと結合し,そのシグナリングを阻害,調節していることが知られている(図1)。

逆にWntとそのレセプターfrizzledとの結合に対して補助的,あるいは促進的に作用する因子が知られている。Wntは分泌後,細胞外マトリックスに貯留される傾向があるが,DallyなどのプロテオグリカンやLDLレセプターの1つLRP-6(ショウジョウバエではarrow)により,Wntとfrizzledとの結合が正の調節を受けている8)図3)。LRP-6のノックアウトマウスではWnt-3aWnt-4Wnt-7aをそれぞれノックアウトした場合と類似の表現型が見られることから表1,これはWntのレセプター系に必須の成分であり,frizzledに対するコレセプターとして機能していると考えられる。

 

形態形成に関与するWnt 1.中枢神経系の発生

中枢神経系の形成過程では複数のWnt遺伝子が発現している。9.5日胚のマウス脳ではWnt-1Wnt-3Wnt-3aWnt-4Wnt-7aがおもに背側で,Wnt-5aWnt-7bが腹側で発現する。Wnt-3Wnt-3aWnt-7aなどの遺伝子は間脳の特定の区画で発現が認められ,その分節構造の形成に関与している。ニワトリやゼブラフィッシュでは,Wnt遺伝子が後脳の分節化に関与することが示されている。

脊髄においてはWnt-1Wnt-3Wnt-3aが蓋板(神経管の背側)で発現しているのに対し,Wnt-5aWnt-7aWnt-7bは底板(神経管の腹側)を除く腹側の領域で,また,Wnt-4は背側の広い領域と底板で発現し,これらのWnt遺伝子は神経管の背腹軸にそったパターン形成に関与すると考えられる。これらのWnt発現パターンは時間経過とともに変動し,その役割は発生段階に応じて変化する。

中枢神経系の発生においてWnt-1が必須であることはそのノックアウトマウスの解析により確かめられた(表1)。Wnt-1を破壊したホモ変異体は中脳および小脳の大部分が欠落していた9,10)Wnt-1遺伝子は中脳と間脳の背側正中だけでなく,髄脳および脊髄の背側正中でも発現しているが,Wnt-1のノックアウトではこれらの領域に異常は見られない。一般に複数の遺伝子間またはそのシグナル伝達経路で1つの機能が失われても,それを補う類似な他の機能分子がある場合には見かけ上異常が現れないので,この領域で発現している別のWntWnt-1の欠失に対して相補的な役割を果たしていると考えられる。

2.初期発生における体軸の決定

胚発生の初期においてもWnt遺伝子は重要な役割を演じている。Wnt-1Wnt-8のmRNAをアフリカツメガエルの初期胚に注入すると,腹側中胚葉が背側化し,その結果完全な二次軸が誘導される。しかし,高い二次軸誘導活性をもつWnt-8は本来の背側中胚葉を誘導すべき時期と場所では発現していない。背側中胚葉の誘導に関与する遺伝子としてWnt-11が候補にあがっているが,そのままでは活性が弱く(逆に否定的な見解もある),確定的ではない(表1)。これに関して,Wnt-11はmRNAの安定性の違いによって,背側と腹側で翻訳効率に差が現れると言われている。

Wnt-3aのノックアウトマウスでは背側中胚葉の決定が正しく進行せず,後部体節の欠損,尾芽形成の不全,脊索,神経管の異形成などが見られる11)表1)。一方,Wnt-3のノックアウトでは原条が形成されず,中胚葉の形成,神経の前後軸決定も阻害される12)。このように,構造的に類似性が高いWntでもノックアウトの表現型が大きく異なっている。これは個々のWntに機能的な違いがあることを意味し,それが主に発現部位と時期によって規定される可能性を示唆する。なお,β-cateninのノックアウトではその細胞接着にかかわる機能はplakoglobinによって一部補完されるが,体軸後部構造の形成不全が起こるために胚の前後軸形成が進行せず,頭部も中胚葉も形成されない13)。これらの表現型はWnt-3のノックアウトの場合と類似している。

一方,ツメガエル初期胚では受精卵の表層回転によってDishevelledの分布が背側の細胞膜に局在化することがGFPとの融合タンパク質を使って示された14)。Dishevelledは細胞質に均一に分布するのではなく顆粒状に存在し,それが微小管にそって移動し,その方向が表層回転によって背側に限局されるようになる。そのためにGSK-3βの活性が背側でより強く抑制され,β-cateninが安定化される。その結果,Tcf-3との複合体によってWnt標的遺伝子が背側で選択的に活性化され,背腹軸が決定されると考えられる14)

 

3.四肢パターンの形成

四肢の原器,肢芽でのパターン形成は親指から小指へかけての前後軸,指先から付け根への遠近軸,手の甲から掌への背腹軸で規定される。前後軸でのパターン決定には肢芽の後部側にある極性化領域で発現するSonic hedgehogが,また遠近軸方向への伸長の調節には先端部の肥厚外胚葉,頂堤で発現するFgf-8と間充織側のFgf-10との相互作用が重要な役割を演じている。Wnt-5aは肢芽の先端部で発現し,遠近軸での軟骨パターン形成に関与し15),そのノックアウトでは肢芽の伸展が阻害される16)。一方,Wnt-7aの発現は背側の外胚葉に限局し,背腹軸のパターン形成に関与しているが17),これはβ-cateninを介さない経路で働く18)。頂堤の誘導にもWntファミリーが関与していると言われているが,これについてはまだ不確定な点が残されている。

4.内蔵器官の形成

胚発生の比較的後期で進行する内臓器官の形成にも細胞間相互作用は重要である。Wnt-11は中胚葉性の前駆細胞から心筋を誘導し19),腎臓(後腎)の発生ではWnt-4Wnt-11が発現し,さらに膵臓の形成にもWnt-11が関係している。腎形成は上皮である尿管芽と後腎の間充織が相互に誘導しあうことによって進行する。この過程でWnt-4は尿管芽の周囲へ凝集した後腎間充織で発現し,間充織の集合塊が尿管芽由来の管構造と融合するまで継続する。Wnt-4ノックアウトマウスでは腎臓の大きさは極度に小さく,そのため生後まもなく死亡する20)。尿管芽の周囲への間充織の凝集は起こるが,これ以降の細胞分化が停止する。Wnt-4は間充織自身に作用し,凝集した間充織が集合塊を形成して上皮細胞へと転換する過程を調節していると考えられる。

同様に,生殖器官の形成にもWntファミリーが関与していることが,ノックアウトマウスの研究から示されている(表1)。生殖器官の発生過程で,雄ではMISによるミューラー管の萎縮とヴォルフ管の分化が進行するが,雌では逆にヴォルフ管の退縮とミューラー管の輸卵管への分化が進行する。このときWnt-4が欠損すると雌でミューラー管が欠失し21),またWnt-7aが欠損すると雄でミューラー管でMISレセプターが発現せず,その退縮が阻害される22)

これら以外のWntの機能については,ノックアウトマウスの表現型などを中心に,表1にまとめている。なお,神経管と体節の分化におけるWntについては,最近の総説を参照下さい23)

最後に,これらの表現型に関連するWntの標的遺伝子として同定されている例を表2にまとめる。これらの遺伝子の中には直接的にTcf/Lef1による転写抑制の解除または誘導がかかるような,共通の認識配列(A/T)(A/T)CAA(A/T)GGを持つ場合と,発現誘導が直接的なのか間接的なのかまだ確認されていない場合とがある。これらの標的遺伝子の中でどれが活性化されるかは個々の細胞の置かれている状況(context)によって異なり,各々のWntがある特定の状況下でどの経路を優先的,選択的に活性化するかによって決まる。この複雑で混迷したWntネットワークの全貌も近い将来には解明され,今後は各々の細胞,組織に固有な状況に応じてWntシグナリングを変調,改変することで,きめ細かな病態への対処が可能となるであろう。
 
 

文献

1) Cardigan MK et al: Wnt signaling: a common theme in animal development. Genes Dev 11: 3286, 1997.

2) Wodarz A et al: Mechanisms of Wnt signaling in development. Annu Rev Cell Dev Biol 14: 59, 1998.

3) 秋山 徹: APC遺伝子. 現代医療 31: 2285, 1999.

4) Nusse R et al: Many tumors induced by the mouse mammary tumor virus contain a provirus integrated in the same region of the host genome. Cell 31: 99, 1982.

5) Rijsewijk F et al: The Drosophila homolog of the mouse mammary oncogene int-1 is identical to the segment polarity gene wingless. Cell 50: 649, 1987.

6) Pfeiffer S et al: Signalling at a distance: transport of wingless in the embryonic epidermis of Drosophila. Semin Cell Dev Biol 10: 303, 1999.

7) Barnes MR et al: A lipid-binding domain in Wnt: a case of mistaken identity? Curr Biol 9: R717, 1999.

8) Mark P: Neither straight nor narrow. Nature 400: 213, 1999.

9) McMahon AP et al: The Wnt-1 (int-1) proto-oncogene is required for development of a large region of the mouse brain. Cell 62: 1073, 1990.

10) Thomas KR et al: Targeted disruption of the murine int-1 proto-oncogene resulting in severe abnormalities in midbrain and cerebellar development. Nature 346: 847, 1990.

11) Takada S et al: Wnt-3a regulates somite and tailbud formation in the mouse embryo. Genes Dev 8: 174, 1994.

12) Pentao L et al: Requirement for Wnt3 in vertebrate axis formation. Nature Genet 22: 361, 1999.

13) Huelsken J et al: Requirement for _-catenin in anterior-posterior axis formation in mice. J Cell Biol 148: 567, 2000.

14) Jeffrey R et al: Establishment of the dorsal-ventral axis in Xenopus embryos coincides with the dorsal enrichment of dishevelled that is dependent on cortical rotation. J Cell Biol 146: 427, 1999.

15) Kawakami Y et al: Involvement of Wnt-5a in chondrogenic pattern formation in the chick limb bud. Dev Growth Differ 41: 29, 1999.

16) Yamaguchi TP et al: A Wnt5a pathway underlies outgrowth of multiple structures in the vertebrate embryo. Development 126: 1211, 1999.

17) Yang YZ et al: Interaction between the signaling molecules WNT7a and SHH during vertebrate limb development: Dorsal signals regulate anteroposterior patterning. Cell 80: 939, 1995.

18) Kengaku M et al: Distinct WNT pathways regulating AER formation and dorsoventral polarity in the chick limb bud. Science 280: 1274, 1998.

19) Eisenberg CA et al: Wnt11 promotes cardiac tissue formation of early mesoderm. Dev Dyn 216: 45, 1999.

20) Stark K et al: Epithelial transformation of metanephric mesenchyme in the developing kidney regulated by Wnt-4. Nature 372: 679, 1994.

21) Vainio S et al: Female development in mammals is regulated by Wnt-4 signalling. Nature 397: 405, 1999.

22) Parr BA et al: Sexually dimorphic development of the mammalian reproductive tract requires Wnt-7a. Nature 395: 707, 1998.

23) 高田慎治ら: 脊椎動物の神経管から分泌されるWnt分子と形態形成. 生化学 71: 1243, 1999.