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川﨑祐宣メモリアルギャラリー
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[2.鹿児島から岡山医科大学へ]

「自分の教室で二年ほど一生懸命に勉強しなさい。二年後には自分で、自分の外科を開拓して一人前の立派な外科医になれる基礎を仕込んであげる。」津田誠次先生 談

私の一生を左右した人
恩師津田誠次先生との出会い

先生は鹿児島市の出身でもあり、卒業と同時に先生宅を訪ね、将来の身の振り方について教示を仰ぎました。
その結果として、岡山医科大学で副手・助手として外科の臨床経験を学びました。
そして、遂に郷里の鹿児島に帰ることなく、岡山の地で今日を迎えるに至ったのです。
23才
昭和 2年(1927)
岡山医科大学入学

27才
昭和 6年(1931)
岡山医科大学卒業
岡山医科大学 津田外科教室勤務

32才
昭和11年(1936)
岡山市立市民病院外科医長に就任
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