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川﨑祐宣メモリアルギャラリー
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[3.昭和医院から川崎病院の設立へ]

医療に従事する者は、職業がら不幸な人々に接する機会が多く、私は、つねに人間性豊かな気持ちで、これらの気の毒な方々に接し、水準の高い診療をしてあげられるようにしたいものだと思い続け、努力もした。

昭和医院の設立

昭和13年、岡山市富田町大畑医院跡を借用し「昭和医院」を開設。

医業は財をなすために行うものではなく、もしそれによって金銭上の余裕ができれば、それを社会や患者に還元すべきであろう。


財団法人「川崎病院」に 託された思い

高い税金を患者に返そう。そして直接社会のためになる保健衛生事業をやる。そのためには、病院を法人組織として税金を免除してもらうほかはない。


院長は、私財土地400坪、建物300坪その他病院設備を寄付して財団法人川崎病院を設立。

34才
昭和13年(1938)
岡山市富田町に外科昭和医院開設

35才
昭和14年(1939)
岡山市西中山下15に外科川崎病院を新設(武藤病院を借りて開業

41才
昭和20年6月29日(1945)
岡山市、焼夷弾爆撃により全市戦災、病院も全焼

42才
昭和21年(1946)
岡山市西中山下89に外科川崎病院を再建

46才
昭和25年(1950)
財団法人「川崎病院」設立
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