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川﨑祐宣メモリアルギャラリー
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[6.学校法人「川崎学園」の設立]

教育は、最も金を要する贅沢な仕事である。しかし、新しい世代の担い手を養成するために、軽視することのできない大切な仕事でもある。 私共は医人をつくるという仕事を、その子弟を育まれた父兄より任されているのであるから、これほど人生に有意義な働き甲斐のあることは他にあるまい。私は、建学の理念を胸にし、川崎医科大学の教育を今後ますます改善する努力を続けたいと思う。

おそらく、一個の医科大学を建設し、そこから毎年100名の心身共に健全で、有能な医師となるべき卒業生を送り出せば、それは巨大な病院を10〜20個開設するよりも、はるかに有益な仕事であろう。

建学の理念と教育の基本方針

人間をつくる
よき医師であるためには、常識を備え、良心的で温かみがあり、信頼される人でなければならない。
そのためには、徳育が第一に重視されるべきである。

体をつくる
自分自身が柔弱では、患者に充分な奉仕をするゆとりがない。

医学をきわめる
口先と身振りがどのように親切であっても、日進月歩の医学的知識と技術の持ち主でなければ、患者や社会に感謝される医師ではない。
64才
昭和43年8月13日(1968)
財団法人「学校法人川崎学園」
設立準備期成会設置
昭和43年12月(1968)
都窪郡庄村松島に土地購入
66才
昭和45年3月(1970)
「学校法人川崎学園」設立
昭和45年4月(1970)
「川崎医科大学」開学
「川崎医科大学附属高校」開校
67才
昭和46年(1971)
「川崎病院」の名称を「川崎医科大学附属川崎病院」と改称
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