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東日本大震災復興ボランティアへの我が大学の取り組み

2012/02/18

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、未曾有の大規模災害となりました。この3日後の卒業式当日、ボランティアセンターを中心として、募金活動が始められました。さらに、協助会、卒業生寄付金など合わせ、義援金総額は2,255,860円にのぼり、200万円余りを日本赤十字社およびAMDAを介して被災地に送りました。

新学期が始まってから、学生から復興ボランティアに参加したいという訴えが続きました。しかし、当時被災地では余震が続き、二次災害の危険性や放射能汚染など問題があり、大学としてのボランティア派遣には慎重であるべきとの意見が多くありました。それでも参加したかった学生は、教会や社会福祉協議会主催のボランティアバスで被災地に向かいました。ここでは、東日本大震災復興ボランティアへの我が大学のこれまでの取り組みを振り返ってみたいと思います。

ボランティアセンター長 古我知成


災害ボランティアチーム結成

2011年5月、臨床工学科3年の石川君から、災害時に復旧活動を専門としたチームを結成したいとボランティアセンターに申し出がありました。学科の枠を越えた39名からなるメンバー構成でした。これを受けて、大学としての対応が求められ、まず彼をリーダーとする先遣隊を結成し、岡山県社会福祉協議会主催ボランティアに参加することになりました。

私が災害支援活動を行いたいと思ったのは、東日本大震災から数日が経過し、報道が過熱し始めた頃でした。テレビから伝えられる情報が増えるにつれて、自分の無力さを感じ始め、平和に暮らしている自分に対して憎悪さえ湧きました。先生方からの助言・協力を頂き、「災害支援活動チーム」として活動することになりました。

この東日本大震災がチーム結成のきっかけになりましたが、今後はどこで災害が起こっても出かけられるよう、またこの活動をこれからも後輩たちに繋いでいけるよう、結束を高めたいと思います。

(医用工学科3年 石川和樹)


東日本大震災被災者支援ボランティア活動支援金の設立

岡田学長の発案で、震災復興ボランティアに参加する学生の経済的負担を支援するカンパ基金を、教職員に呼びかけ募集することになりました。各学科、事務部および学長をはじめとする個人寄付など、総額490,491円(10月18日現在)に達しており、すでに後述のボランティア支援金として使用させていただきました。


岡山県社会福祉協議会災害ボランティアチーム(先遣隊)

岡山県社会福祉協議会災害ボランティアチーム

2011年6月20日〜25日、岡山県社会福祉協議会主催ボランティアに学生3名、健康体育学科の西本先生と私が参加し、宮城県東松島市と石巻市にて、側溝の清掃活動を行いました。活動日は気温がかなり上昇し、写真(左)のような装備で作業に向かいましたが、熱中症で倒れる人も出ました。また6月23日早朝には、緊急地震速報を伴う震度5弱の余震も経験しました。また、復興ボランティアの拠点となる各ボランティアセンターの現状や東北の大学の復興支援活動状況の視察のため、岩手県滝沢村から仙台空港まで車で移動しました。

【写真】先遣隊:左から小野君、久末君、西本先生とリーダーの石川君。

震災ボランティア説明会開催

夏休み期間中の震災復興ボランティアを希望する学生のため、説明会を7月27日に開催しました。希望者は105名にのぼりましたが、派遣枠は28名しかなく、くじ引きでのメンバーの決定を強いられました。特筆すべきは、派遣まで1か月余り期間があったにもかかわらず、選抜された28名は、一人たりとも欠落することはなかったことです。


岡山県社会福祉協議会災害ボランティアチーム

岡山県社会福祉協議会から県下の大学生10名枠のボランティア募集があり、本学から6名応募し、2名の参加が認められました。2011年8月22日〜26日に宮城県宮城郡七ヶ浜町で側溝や住宅の清掃活動を行いました。


大学コンソーシアム岡山ボランティアプロジェクト

大学コンソーシアム岡山ボランティアプロジェクト

大学コンソーシアム岡山から岩手県でのボランティア活動の募集があり、我が大学から18名応募したところ、6名が認められました。2011年8月24日〜28日の期間、岩手県大槌町に派遣されました。桜よりも早く咲く「菜の花」を植えることで、一日も早く元気を与えられるように…、という思いを込めた「菜の花プロジェクト」が展開されました。河川敷で細かいがれきの撤去作業を行ったり、現地の方から地震発生時の状況を聞いたりするなど、被災者との交流を図りました。また県下の大学生30数名が参加したこのプロジェクトにより、大学生同士の交流もできたことは意義深かかったと思います。

【写真】「菜の花プロジェクト」で花壇を整備する大学生たち

復興しよう」という気持ちはみんな一緒だと強く感じました。日本で起きたことです。まずは日本人が支えていかなければ…。他人事ではないと強く感じました。

(医療福祉学科 2年生)


AMDA合同ボランティアチーム

AMDA合同ボランティアチーム

全国の看護学生に看護師業務補助業務がAMDAから要請されました。これを受けて2011年8月28日〜9月10日の期間、保健看護学科学生10名が交代で南三陸町志津川病院の仮設診療所と志津川病院入院病棟に向かいました。

【写真】南三陸町志津川病院の仮設診療所

看護師さんの中には被災して家族や家を失った人もいました。その人たちが震災の悲しみを乗り越え、いま目の前にいる患者さんのために必死になっている姿に僕自身勇気づけられ、看護学生として何を学ぶことが必要なのかを考えるきっかけになりました。

(保健看護学科 3年生)

いわてGINGA-NETプロジェクト

いわてGINGA-NETプロジェクト

岩手県立大学とNPO法人が協同して、「いわてGINGA-NETプロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトは、岩手県南部沿岸地域にアクセスのよい住田町を宿泊拠点として、夏休み期間中、大学生ならではのアイデアでボランティア活動を推進しようという取り組みです。結果的に、約2か月間で146大学から1,086名の学生が参加したそうです。このプロジェクトについては、早期に岩手県立大学とコンタクトをとっており、20名の参加枠を確保できました。保健看護学科の細川先生と医療福祉学科の福島先生が、引率として参加したいと手を挙げてくれました。学生がどのようなボランティアを行い、どのような経験をし、何を感じたのか、以下数名のコメントからうかがい知ることができるでしょう。

【写真】大学が用意したバスで岩手に出発しました。出発時には多くの教職員に見送りに来ていただきました。2名の運転手が交代で運転し、約16時間かかりました。

東北ボランティアにいくことで、人と人とのつながりの大切さを実感しました。どんな小さなことでも誰かのために行動することが大切。きっと小さな行動がたくさん集まると大きな力になるよ。

(保健看護学科 3年生)


いわてGINGA-NETプロジェクト

【写真】200名を越える学生が体育館と公民館で一緒に寝泊まりし、明日のボランティアについて話し合いました。

言葉にすると、軽いものに感じてしまいそうですが、人の暖かさや強さを実感しました。私が勇気をあげるはずなのに、逆に沢山の優しさをもらいました。

(リハビリテーション学科 3年生)

現地では、集まったほかの大学生の意識の高さに驚かされ、自分がボランティアとしてできることは何だろう?できることがあるのだろうか?と自問自答する毎日でした。

(医療福祉学科 2年生)

災で家族を亡くした人、大切な物が流された人、家がなくなって避難所の体育館で4か月生活して、今は周りに知り合いがいない仮設住宅で一人寂しく暮らしている高齢者の方など、多くの人と出会いました。この人たちとたくさんお話をして、何度も心が痛くなりました。でも、おじいちゃんやおばあちゃんが『ここに来たら、あなたたちがいて、いつでも話を聞いてくれて、仮設住宅で暮らしている方とも顔見知りになれて、毎日ココに来るのが楽しみなの。』と、言って下さったりして・・・。なんか私たちが逆に被災者の方々から元気をもらっている感じがしました。

(リハビリテーション学科 3年生)



いわてGINGA-NETプロジェクト
【写真】福島先生と学生(体育館で)

引率教員からも、一言メッセージをいただきました。「事故無く、無事に帰ってくる」よう祈る毎日ではなかったでしょうか。

本学学生も、お茶っこサロンを運営し、引っ越し後の新しいご近所づきあいを築くお手伝いをしました。新しい地域作りに取り組む学生の姿は、頼もしく活気がありました。今後も復興まで段階に応じたボランティア活動の継続が望まれます。

(保健看護学科 細川先生)

岩手GINGA-NETのボランティアに参加した学生達が無事に帰ってきただけでなく、学生達が自信とやりがいを感じ、また、今後のボランティア参加に前向きな気持ちになったのが非常によかったです。

(医療福祉学科 福島先生)




ボランティア派遣の目的と意義

西本先生と私は、岩手県立大学から遠野市ボランティアセンターを視察し、さらに岩手県釜石市から宮城県名取市まで、車で移動できる沿岸地域を見て回りました。当時すでに3か月以上経過していたのにもかかわらず、あまりにひどい現状に絶句しました。これら地区では、住民の車はほとんど通らず、自衛隊と警察の車両だけが行き来していました。テレビや雑誌で何度も見せられ、聞かされていた情報は間違いではなかったのです。しかし、自分の目で被災地を見て、現地の人と対話し、現地のにおいを嗅ぐと、岡山にいた時とまた違った感情が湧き上がってきます。

ボランティア派遣の目的と意義
【写真】側溝にたまったヘドロを掻き出す作業の様子

東松島市大曲地区では、住宅はかなり復旧されていましたが、倒れた墓地や、側溝にたまっていたヘドロから、被害の大きさが想像できました。この住宅地から一転、たんぼを隔てた海岸に近い地区では、住宅は全壊しており、ボランティアすら入れない状態でした。ボランティア初日、ホテルのロビーで深夜まで一日の出来事について振り返りました。あの夜、学生たちの眼光は鋭く、なにか大切なものを見いだしたように見えたのは間違いないと思います。

ボランティアに行ってきた学生は価値観が変わるとよく聞きます。彼らは、「救いを求める人に、なにかできることはないだろうか。」と考えはじめ、その悲しみや怒りに共感し、行動します。。特に「いわてGINGA-NETプロジェクト」においては、個々のニーズに対応する“個別性”や、緊急時でも俊敏に対応しなければならない“柔軟性”も学んだに違いありません。さらに、これらのボランティア活動は、他の人をおもいやり、自然を慈しむ心も育つといった大きな教育効果もあるといわれています。

このような日常の講義では得られない感情の変化や、生きる価値の発見など、今後も多くの学生に体験して欲しいです。しかし、東北はあまりにも遠く、経済的にもかなりの負担となります。本学では、学長をはじめ多くの先生方から、「東日本大震災支援ボランティアに参加したい学生に対して、交通費や宿泊費など経済的に支援してあげてください。」とのありがたい言葉をいただきました。さらに、協助会の予備費をボランティア学生の支援に使わせていただくことも快く了承していただきました。これらのバックアップがあったからこそ、夏休み期間に多くの学生を送り出せました。心から感謝いたします。