川崎医科大学 橋本 謙
(平成16年度 受賞者)

血管という壁を越えて

 私は、4年ほど前に、当振興会の教育研究助成に応募し、採択していただきました。研究テーマは,動脈硬化症における単球の血管内皮細胞への接着と内皮下への浸潤機構の解析,というものです。動脈硬化というのは非常に複雑で慢性的に進行するものですが,その初期においての重要なステップの一つに「単球の内皮下への浸潤」があります。単球を含む白血球が内皮細胞下に潜り込んで血管外へ出ることはずっと以前から知られていたのですが,その細胞・分子レベルのメカニズムはあまりわかっていません。何より,殆ど隙間のない内皮細胞の間隙を,明らかにサイズの大きい白血球がすり抜けることができるのは非常に不思議です。内皮細胞の間隙には様々な分子が存在しており,これらの分子と白血球上の分子との結合や解離,またそれに伴う両細胞へのシグナル伝達によって浸潤が進行すると考えられており,私たちはそのうちの一つであるPECAM-1という分子の動きを追っています。また,最近になって,白血球は内皮細胞の間隙だけでなく,条件によっては内皮細胞本体を貫通して潜り込むことも明らかになってきました。細胞間隙と細胞本体の両ルートに共通のメカニズム,また,それぞれにのみ関与するメカニズム等,非常に複雑なプロセスが作動していると思われます。また,このように,ある細胞が別の細胞層のバリアを越えて移動する現象は,動脈硬化だけに限らず,例えばガン細胞の転移や血管新生,炎症反応等にもある程度共通のものであり,本質的な生命現象の一つかもしれません。実験で生きた単球を観察していると,潜りそうになったと思ったら,「やっぱりやめた」という感じで潜るのをやめてしまうものや,一度潜った後に再度内皮上に上がってくるもの,内皮上をものすごい距離に渡って動くものもいれば,同じ場所を何度も行き来して逡巡するもの等,個々の単球には個性があります。これは我々人間でも同じことで,人生の壁にぶち当たった時に,その壁本体を突き抜ける人もいれば,うまく隙間を見つけて通り抜ける人,また壁の前でおろおろする人など様々だと思います。どれが良いのかはおそらく正解はないと思いますが,自分なりのペースと対処方法で壁を越えていきたいものです。今後も,趣味のスポーツや音楽で適度にリラックスしつつ,頑張っていきたいと思います。

[平成20年7月10日掲載]