川崎医療福祉大学 竹内 雅貴
(平成26年度 受賞者)

「生命現象の学術的探求 − 近況としての雑感あれこれ」

 この度は川崎医学・医療福祉学振興会より研究助成を賜りまして、大変感謝しております。私のライフワークを端的に表現するならば、医学の礎として生命の理解を進める事だと考えており、今回は「脊椎動物系統における細胞の分化多能性獲得と初期発生機構の関係性を理解する」という研究題目で助成を頂きました。
 初期発生とは、もともと球状の細胞であった受精卵が卵割し、体軸の決定や三胚葉パターンの形成といった非対称な構造を形づくる過程です。三次元の世界で自由に動き回る動物は、前後・左右・背腹の三軸に沿った構造を持っています。従って、初期発生の過程でこの三軸からなる個体全体の位置情報を獲得し、その情報を元に局所的な形態形成によって器官を作る事になります。このように、初期発生は非常に重要な発生段階なのですが、ヒトを含む脊椎動物では、見た目や分子機構が非常に多様であることが知られています。実験材料として魚や両生類を用いている私から見ると、乱暴な言い方をすれば、魚であれヒトであれ、必要に応じて同様に機能的な器官を持っており、根本的な多様性のほとんどは初期発生に集約されると感じています。例えば、哺乳類の胚発生では高次に機能化した胎盤や臍帯などの胚体外組織を形成しますが、胚体外組織と胚体の運命決定は卵割によって外側と内側の細胞が区別されるという最も初期の非対称性から生じます。さらに、胚体となる細胞はその時期、未分化性を維持する分子機構が働いており、ここから樹立されるのがES (Embryonic Stem)細胞です。哺乳類を含む羊膜類を通じて同様のシステムがあるようですが、他の脊椎動物ではこのような現象は見られません。魚や両生類の卵には母性因子として既に位置情報が存在しており、それを元に個体を作っているからです。逆に、羊膜類では母性因子の役割は明確ではありません。これらの事から、羊膜類とその他の脊椎動物の初期発生に違いは、何らかの異時的な変化(heterochrony)と捉える事ができると考えています。
 近年、iPS細胞の樹立により、分化した体細胞を“リプログラミング”する、つまり未分化な胚体細胞の状態に戻し、再度分化多能性を得る事がたった3つ4つの遺伝子で可能となりました。この研究はES細胞が未分化性を維持するメカニズムの研究から発展した大きな発見ですが、我々が哺乳類であり、ES細胞様の状態を作り出す特殊な初期発生を行っていたためにiPS細胞ができたと言っても過言ではないでしょう。一方、イモリは脊椎動物で最も再生能力の高い生物で、四肢や尾どころか心臓や脳も再生できますが、初期発生時にはES細胞様の状態をとりません。これらの初期発生やリプログラミングのメカニズムについては、遺伝学的にどこが同じでどこが違うのか明確ではありません。再生医療の実用を想定した臨床研究とは別の方向ですが、このような視点から「未分化性」「分化多能性」という現象そのものを理解する事が重要であると感じています。

[平成28年1月18日掲載]