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川崎学園設立までの歴史

1930〜
1938  昭和13年 2月22日 昭和16年 病院屋上にて全員 外科 昭和医院の開設PHOTO
昭和13年、岡山市富田町大畑医院跡を借用し「昭和医院」を開設。
1939  昭和14年 2月22日 外科 川﨑病院の新設
岡山市西中山下15の武藤病院を借りて開業。診療室、病室等を拡張(35床)。
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1940〜
1941  昭和16年 太平洋戦争始まる 太平洋戦争はじまるPHOTO

福武病院を借用
ベット数は80、外来患者は200人ぐらいに増えたが、院長自らレントゲン撮影、手術を行った。

1945  昭和20年 院長召集(6月)、帰還(7月)  病院は爆撃により全焼(6月)。

8月15日、焼け残った市街地北部(岡山市一番町)の友次眼科病院を借りて診療を再開。再開記念の杯をあげていた最中、終戦の玉音放送が始まった。
大空襲後で医療機関は少なく、四畳半の診察室、三畳の手術室ながら、患者は外来200人、入院はベッドぎりぎり20名の日が続いた。患者は増える一方で、近くの武田医院の診療室を借用して外来診療に充てる程であった。
1946  昭和21年 外科川崎病院 復興(第1次)を急ぐ。
岡山市西中山下89へ病院建設 外科 川﨑病院
昭和20年10月から計画を進め、現在地に玉野市から古材を求めて病室・炊事場などを建築。外来部門・手術室・医局などは新材を使って外科川﨑病院を開設(9月15日)(150床)。
1948  昭和23年 岡山市上伊福53に分院を開く。
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1950〜
1950  昭和25年 8月15日 財団設立に踏み切る。
院長は、私財土地400坪、建物300坪、その他病院設備を寄附して財団法人川崎病院を設立。
1952  昭和27年 昭和27年 南館3階建つ 南館新築(第2次)を急ぐPHOTO

南館鉄筋建築は、肺結核の外科的治療を目的として新築にとりかかったが、配給制度がまだ解けず困った。
社会の支持と職員の協力を得て南館をつくった。(180床)

  • 完全看護完全給食

川崎病院分院が独立した。

1952  昭和27年 5月12日 病院の日 病院の日PHOTO
故三木知事提唱による「病院の日」は昭和27年に始まり、毎年5月には知事訪問があった。
1954  昭和29年 職員住宅を建て、病室を拡大(第3次)
診療棟を改造し、住宅を建て、人員を増やした。
1956  昭和31年 6月 財団法人旭川荘 創設
1957  昭和32年 4月 旭川荘全景 旭川荘 開設PHOTO
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1960〜
1960  昭和35年 西館建築(第4次)  総合病院を建てる
1960  昭和35年 3月15日 川崎癌研究所開設
1966  昭和41年 東館建築(第5次)総仕上げ
岡山がんセンターへ、岡山救急災害センターを併設。
1968  昭和43年 2月22日 昭和43年2月22日県農業会館で 川崎病院開設30周年・川崎癌研究所開設8周年記念式PHOTO
1968  昭和43年 8月13日 財団法人「学校法人川崎学園」設立準備期成会設置認可
1968  昭和43年12月 都窪郡庄村松島に土地購入